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第147号 2017年2月14日号

■新収録証言映像(関東編)のご案内

 平成27年度に収録した関東(東京、千葉、埼玉、茨城)の証言映像を1階の情報検索コーナーにおいて閲覧することができますので、ぜひご覧ください。


◆千葉県
◯「頭部損傷の夫を支えて」20分25秒
顔面投下爆弾破片創(頬部貫通。上下の歯と舌を破損)のため視力低下と外傷性てんかんを発症。

大原漁港

<あらすじ>
南方の戦闘で顔面負傷。千葉陸軍病院で義眼・義歯を挿入(歯は奥歯のみ)。昭和21年退院。視力回復せず就職しても手伝い程度。昭和22年、姉の紹介で結婚。昭和27年春、左官業に戻るが、視力不足のため壁の下塗程度。田畑は全て妻が全作業をこなした。77歳で他界。最後までてんかんと頭痛に苦しめられ、何度も自殺を図った。


◯「不自由さを胸に秘めて」18分29秒
眉間から右耳下にかけて貫通銃創。右眼は明暗のみ、右耳は聞こえない状態。右眼は7〜8年前に失明。
<あらすじ>
昭和14年、国鉄に勤務。陸軍へ入営。昭和20年、中国湖南省の戦闘にて受傷のため、銃を撃つことはできなかった。その翌月に終戦。上海で武装解除。昭和21年3月、博多から実家へ帰った。国鉄に復職。昭和25年親戚の紹介で結婚。右眼・右耳のことと傷痍軍人であることを隠して結婚。


◆茨城県
◯「開墾・切り開いた人生 〜小学校教員から軍人の妻へ〜」19分23秒
右腕を負傷。右腕負傷の後遺症(右腕の完全な屈伸不能と痺れ)。
<あらすじ>
昭和18年ニューギニアにて米軍の艦砲射撃で負傷。内地還送となり宮崎県都城で現場復帰。落下傘部隊の訓練を受けて沖縄に向かう時に終戦。結婚後、「終生夫に従うこと」と有無を言わせない厳格な夫。93歳で右足首に悪性腫瘍ができて切断。義足を装着。装具士に90歳以上では初めてだといわれた。戦争については一切言いたがらなかった。


◯「戦病の夫に代わって〜戦中・戦後の開拓人生〜」23分44秒
胸部疾患(肺結核)。肺結核の後遺症として睾丸切除。昭和30年頃、結核菌が転移し再除去。右の腎臓にも転移し切除。

日輪兵舎(復元)

<あらすじ>
昭和12年 関東軍として北支事変に参加。従軍中、胸部疾患となり内地還送。除隊後、内原の満蒙開拓団で訓練を受ける。昭和17年に結婚。満州で開拓団として従事。昭和20年奉天で再召集、終戦。シベリア抑留。昭和21年に夫婦で引揚。現在地を鍬一つで開拓。昭和40年代に恩給請求。恩給のおかげで生活も楽になった。


◆埼玉県
◯「夫の両脚となって共に歩んだ人生」23分44秒
凍傷。右脚関節切断、左脚下腿切断。戦後、勤務中に脊髄の圧迫骨折(重傷)。

満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所の碑

<あらすじ>
昭和18年満蒙開拓の内原訓練所に入所。満洲の戦闘訓練で凍傷となる。茨城県で入院中に終戦。恩給申請で父に背負われて区役所へ行くも罵倒され断念。家業のクリーニング店を経営。両足義足を隠して運転免許取得。昭和43年「夫の足になりたい」と結婚。製造会社に就職。業務用エレベーターが頭上に落下。重傷を負い退職。入院した病院で恩給請求により認定される。


◆東京都
◯「兄嫁と結婚してつかんだ幸せ」19分28秒
右大腿部盲管銃創。戦後、自ら傷口の治療時、親指の爪大の破片が2個摘出。
<あらすじ>
昭和20年米軍との銃撃で負傷。米兵に救助され野戦病院に収容。傷口から膿と血が出るため、毎日ガーゼを交換。昭和26年結婚。妻は戦死した兄の嫁。妻が営んだせんべい屋を手伝った。昭和40年恩給申請したが、外地に行った記録がないため恩給対象とならなかった。外の人にアメリカ大使館で調べてもらい、野戦病院にいた事実が証明され傷痍軍人に認定。