館だより
 
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第18号 2007年11月1日
〜資料紹介1「描かれた戦場の記憶 ―スケッチ(1)―」〜

本号より3回の連載をもって、当館にて所蔵している実物資料の紹介をいたします。
このたびの連載テーマは、戦傷病者によって描かれたスケッチです。

2F常設展示室、薄暗がりに包まれた野戦病院ジオラマを通り抜けると、「戦地での医療」のコーナーが始まります。その冒頭には3枚の小さなスケッチが展示されています。淡い色彩と繊細なタッチが特徴のその作品には、いずれも背景情報が簡潔に書き添えられています。

描き手は、昭和18年7月の中国への出征以来、仏印、タイを経由し、ビルマに達しました。19年3月には、トラックの谷底への転落事故により左腕と顔面を負傷、収容に3日を要した兵站病院にて手術を受けます。そして、戦況の悪化とともに幾度かの転院を経験します。また、同じ頃マラリアにも苦しめられたといいます。

この間、描き手は21年6月の復員に至るまでの受傷体験や折々の見聞を、近年(平成17年)に至り記憶をたどりつつ、作品にまとめたといいます。その一部が、現在展示の3点です。

もとより、作品はこれらに尽きるものではありません。出征直前の初年兵訓練の模様を描いた一枚、仏印への移動途上、輸送船が南シナ海で大シケに遭遇した模様を描いた一枚もあります。さらには、マンダレーでの激戦を遠望した際の一枚、そして日赤の救護看護婦の深夜の退避行を描いた一枚も加わります。また、戦闘とはおよそ無縁な風光明媚なビルマの湖の風景も描かれています。

 


上左「深夜の撤退」(昭和20年4月頃)
上右「南シナ海で暴風に遭遇」
(昭和18年9月23日)
下「マンダレー燃ゆ」(昭和20年3月中旬)

なお描き手によれば、トラックで移動する看護婦たちの様子は悲壮であり、特に印象深いものであったとのことです。別れを惜しむ看護婦たちの言葉の数々は、いまも耳に残っているといいます。作品は、20年4月の緊迫する兵站病院の模様を描いたものでした。

以上に紹介のスケッチは、いずれも「情報検索コーナー」(当館1F)にてモニター上で公開しております。時を隔て、いまは作品となった描き手の記憶の数々を、どうかご覧ください。 (次号に続く)

*体験記は、当館1階図書コーナーにて閲覧できます。

 

11月の上映会