実物資料の紹介を続けます。
現在、2階常設展示室の「戦地での医療」コーナーには、一編の回想記が展示されています。また、「戦時下の療養生活」コーナーにあっては、同様に日記が展示されています。ともに文字情報が中心となる資料でありながら、そこには小さなスケッチが処々に織り込まれています。しかも、その多くは文字を書いたのと同じペンや鉛筆により描かれた単色の作品です。これらは、みな同じ方よりの寄贈資料です。
文字とスケッチを融合させた表現手法をとるこの方は、昭和15年12月に大阪より現役兵として中国へ出征しました。兵科は騎兵であったといいます。この間、17年1月に機関銃弾を右大腿部に受け、その後、外地療養を経て18年8月に内地還送に至ります。日記・回想記には、戦友を残して故国へ帰ることへの深い苦悩が書き記されますが、そこにもスケッチが挿入されています。展示中の回想記に描かれた病院船の後ろ姿は、そのひとつです。
ところで、描き手は文章への挿入ではなく、単体でスケッチを描くこともありました。
ここに一部を紹介している作品は、合計9枚よりなるもので、近年(平成17年)に至り描かれたものでした。そこには、出征時の船を描いたもの、自らの受傷を描いたものがありました。後者にあっては、受傷の日付と傷病名、そして自らを傷つけた銃火器の名称が記されていました。また、中国での日常風景を描いた作品もありました。春になり、柳の木でできた電柱に発見した青い芽吹きを描いた作品が、その一例です。
さて、これまでに紹介のスケッチの数々は、いずれも「情報検索コーナー」(当館1階)で閲覧が可能です。描き手の脳裏から消え去ることなく、各自の個性をもって作品として再現された記憶の数々を、どうかご覧ください。(この項終わり)