ホーム/ 内容紹介/ DVD Vol.50
内容紹介

当館では、証言映像“戦傷病者の労苦を語り継ぐ”を収録しております。これらは、戦争で傷つき、病に倒れた多くの戦傷病者とそのご家族が体験した労苦を現在に語り継ぐ貴重な資料映像です。当館1階の証言映像シアターで約1ヶ月ごとに入れ替えて上映するとともに、情報検索コーナーでも自由に閲覧できます。
また、DVDの団体貸出も無料で行っています。お気軽にお声がけください。

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50−01

傷痍軍人の妻として・・・(14分58秒)

傷痍軍人の妻三人が労苦を語る鼎談。幼い娘二人を残して夫は他界。相談に行った職業安定所で訓練生募集中との話しを聴き経理部門に入所。資格取得し就職に役立てた妻。夫の傷病、息子の死亡、そして孫娘の病気入院など重なる不幸を乗り切った妻。皆さんそれぞれが体験した生活の労苦を語る。

50−02

障害を超えたおおらかさ(09分38秒)

昭和16年4月、横須賀海兵団入団。17年6月、駆逐艦「荒潮」乗艦中、敵の機銃弾を右足に受ける。病院船「朝日丸」に収容されたが、ガス壊疽のため大腿部から切断。内地の海軍病院で療養後、18年3月、兵役免除となり帰郷。元の小学校に復職するも体育の授業に困り退職。翌年、東京高等師範学校に特設された「傷痍軍人中等教員養成所」に入学、数学教師として中学校に奉職。25年結婚。妻も教職に就き多忙な中、夫のため、特別仕立ての手製の下着を作り続けた。

50−03

開墾・切り開いた人生 〜小学校教員から軍人の妻へ〜(19分25秒)

昭和18年ニューギニアにて米軍の艦砲射撃で右腕を負傷。内地還送の後、宮崎県都城で現場復帰。落下傘部隊の訓練を受けて沖縄に向かう準備をしていた時に終戦。「終生夫に従うこと」と有無を言わせない厳格な夫。右腕負傷の後遺症として右腕の完全な屈伸不能と痺れがあった。93歳で右足首に悪性腫瘍ができて切断。義足を装着。装具士に90歳以上では初めてだと言われた。戦争については一切言いたがらなかった。

50−04

戦病の夫に代わって〜戦中・戦後の開拓人生〜(20分58秒)

昭和12年 関東軍として北支事変に参加。従軍中、胸部疾患(肺結核)となり内地還送。除隊後、内原の満蒙開拓団で訓練を受ける。昭和17年に結婚。満州で開拓団として従事。昭和20年奉天で再召集、終戦。昭和21年に夫婦で引揚。現在地を鍬一つで開拓。肺結核の後遺症として睾丸切除。昭和30年頃、結核菌が転移し再除去。右の腎臓にも転移し切除。昭和40年代に恩給請求。恩給のおかげで生活も楽になった。