今回のミニ展示では、宮崎県のある戦傷病者が従軍中の体験をまとめた記録画集をご紹介します。
この方は、1941(昭和16)年に徴兵検査を受けて、上海での訓練を経た後、中国最南端の島「海南島」で、海軍の陸上部隊である特別陸戦隊に所属しました。1944(昭和19)年には現地ゲリラとの戦闘に参加し、手榴弾の破片で左腕を受傷する経験をしました。その後は病院船「氷川丸」で日本に戻って療養生活を送り、療養明け数か月後に終戦を迎えました。
そして、この様々な戦争体験を絵として描き、裏書などの説明を加え、全8冊の記録画集としてまとめました。描かれた絵は、当館にあるだけでも約300枚にもなります。今回はそのごく一部を、使用していた道具などの資料と合わせて展示致します。
会期: 令和5(2023)年1月5日(木)~3月12日(日)
会場: しょうけい館1階 企画展示室
入場料: 無料
開館時間: 10:00〜17:30(入館は17:00まで)
休館日: 毎週月曜日

記録画集紹介

20歳の時、憧れだった海軍への入団が決まりました。

訓練のために日本を発つ時、両親が見送りに来てくれました。

海軍陸戦隊に従事するための訓練を約三か月間行いました。

訓練は厳しく、規律を破ると班の全員に罰が与えられました。

訓練を終えた後、海南島の部隊に所属することになりました。

海南島では警備任務や巡視任務に就きました。

1944年11月24日、海南島のゲリラとの戦いが始まりました。

木陰に身を隠して戦っていた所、手榴弾で左腕を受傷しました。

担架に乗せられて本部の医務室を目指しました。

軍医に怪我を診てもらい、日本へ帰るよう指示されました。

海南島の海軍病院でレントゲン写真を撮ってもらいました。

病院船「氷川丸」に乗って日本に帰ることになりました。

入院先の海軍病院に両親が会いに来てくれました。

海軍病院で腕の神経を繋ぐための手術を受けました。

リハビリを目的とした入院中の入浴は、何よりの楽しみでした。

怪我は回復しきっていませんでしたが、軍務に復帰しました。

戦争が終わったことを知り、兵士たちは皆泣きました。

戦後は郵便局に復職し、定年までの33年間勤め上げました。
展示資料紹介

従軍中の体験を描いた絵がまとめられた画集。

絵を描くために使用していた道具。 色鉛筆、クレヨン、マジックペン、シャープペンシルなどの一般的な文房具が使われていた。

海南島の海軍病院で撮ったレントゲン写真。小さな白い影として写し出されているものが手榴弾の破片で、手術の際に50個以上取り出された。