戦争が始まった当初、徴兵される兵士の中には既に結婚している人が多くいました。その後、戦局が悪化するにつれて徴兵される兵士の年齢は引き下げられ、兵士の若年化、未婚化が進んでいきました。戦傷病者の妻には、既に結婚しており戦争で夫が戦傷病者となってしまった人と、戦傷病者と結婚してその妻になった人がいました。

夫の受傷前に結婚していた妻

戦地から帰ってきた戦傷病者は実家に帰郷し、新たな生活を送ることとなります。妻の多くは、夫が戦傷病者になるとは想定しておらず、受傷した夫の姿に戸惑いながらも次第にその障害を受け入れてきました。

戦傷病者と結婚した妻

未婚の戦傷病者には、同じく未婚の女性との結婚の斡旋あっせん事業が国によって推し進められました。また、夫の受傷後に結婚した女性は周囲の勧めや戦傷病者に対する同情心などから結婚した人もいました。

展示資料:『婦人倶楽部 第二十二巻十月号』(1941年)
女性読者を対象とした月刊雑誌。国家が要求する理想の女性像を話し合う「座談会」では、“傷痍軍人に嫁ぐ娘が望ましい”、“不自由な旦那様の手足となって尽くす姿は美しい”など、戦傷病者との結婚を進める意見が出ている。

戦傷病者の妻を取り巻く状況

終戦後の労苦

 終戦に伴い、戦傷病者とその妻には多くの困難が待ち受けていました。戦後になると社会が一変し、戦傷病者に対する理解が薄れ、彼らとの結婚にも消極的になります。お互いに望んだ結婚であっても、周囲からは理解しがたいものとして捉えられることが多くありました。
 さらに、連合国軍による占領政策が1952(昭和27)年まで実施され、その政策のひとつとして、国から支払われていた軍人に対する恩給が重症者を除いて一部停止されました。恩給が支給されなくなり、身体にハンディを抱える戦傷病者とその妻、家族の生活は困窮し、就職難、食糧難など当時の社会状況の中でさらに大きな影響を受けることになりました。妻たちの中には、子育てに加え、一家の担い手として働かなければならず、大変な思いをした人たちも多くいました。

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